- painful -



「今日のライブ、マジ感動しましたよ!」
 ゆったりとジャズの流れる店内中に響き渡る声。とは言え4人がけのテーブルが3つとカウンターのみ、たいした広さはない。
「特にね、あのソロ!ギターソロっすよ!激しさの中の鳴きソロってヤツですか?こう、芯から痺れましたよ!」
 まだ未成年だろうに、かなり酔いがまわっているらしくテーブルを叩きながら力説している。多分、今日の対バンの客なんだろうが、ウチのバンドに感銘を受けたらしく打ち上げ(既に3次会)まで付いてきた。
「お願いしますよ!俺にギター、あのギターソロ教えて下さいよ!」
 俺の腕を揺すりながら何度も頭を下げている。完全に目が座っている相手、曖昧に微笑みかける俺。
「シンちゃん!さっきから同じこと何度も言ってるよ!ほら、少し落ち着きなよ!」
 隣の連れらしき娘がどうにか引きはがしてくれた。
 ありがたい、この隙に空かさず席を立ち、テーブル席とは少し離れたカウンター席に移る。
「ふぅ…」
 胸ポケットから煙草を取り出し火を付ける。吐き出した煙で視界が霞んだ。そして徐々に晴れていく。元から薄暗い店内だからあまり違いはないが…
「おつかれ、大人気じゃないか」
 隣のカウンター席にリーダーが移ってきた。俺のグラスと苦笑いを持ってきてくれたらしい。
「久しぶりのライブだったから疲れただろう?熱烈なファンの相手もあるようだしな」
 ここで二人でまたも苦笑い。俺はもう一度煙を吐く。曇る視界、ゆっくりと晴れる。
「あぁ…なるほど」
 薄れてゆく煙を見つめながら思わず呟いていた。
「どうした?」
「…ん、疲れ?確かに疲れたな。でも、楽しい疲れなら苦じゃないさ」
 彼の方に目を移しながら答える。
「いや、なるほど、って?」
 少し可笑しそうに俺を見ている。
「あ…そっちね。いや、煙がさ、晴れていくのがね。こう、今の俺の気分なのかな、ってね」
 今まで歩いてきた道は違うが、ずっとつるんできた親友は何となく察しているらしい。少し微笑んでいた。
「彼女、呼ばなくて良かったのか?婚約までしてただろ」
「もう終わった話しさ。俺の魅力は安定した収入だけ。真実なんてそんなもんさ」
「真実ね…尽くしてくれそうな娘に見えたのにな」
 氷の溶けたウイスキーは希薄な味しかしない。少し前の自分のようだ。
「俺のことより…そろそろ予定日だろ?付いててやらなくて良いのか?」
 去年、流産しているのは俺も知っていることだ。
「今日は解ってくれるだろうさ。あいつも、久しぶりにおまえのギターが聴きたいって言ってたよ」
 空になったグラスを置く。
 ゆっくりと、素直に微笑み返すことが出来た。


 後ろからいきなり肩を掴まれた。
「また聴きに来ますからね!絶対!ギター教えてくださいよ!」
 まだ酔いは覚めてないらしい。足元も呂律もおぼついていない。
「ほらっ、もう帰るよ!」
 連れの娘に腕を引かれ後退しながらもまだ叫んでいる。出口に向かう2人の姿が扉に吸い込まれ、夜に紛れていく。
 騒がしさの代わりに少し冷えた風が入り込んできた。伸びた前髪が揺れる。
 ゆっくりと閉まる扉の向こう、笑っている月が見えた。