「ふぁ〜、さっぱりしたぁ。いいお湯でしたわぁ」 お風呂あがりで身体ぽかぽかスベスベさっぱり〜。 「んー… 」 スマートな身体をだらしなくベットに横たえて、凛々しいはずのおクチがくわえタバコをしつつの返事。切れ長の目も、私の持ってきたマンガから全く離れない。 「祗女ちゃんもお風呂入ってきちゃえばぁ?」 本日は祗女ちゃん宅にお泊りです。彼女が短大に進学する頃から、みんなドタバタしてたので久し振りなのであります。 「…んあ?フロ?めんどくせぇなぁ…明日にでも入っから気にすんな。俺様は大変忙しいのだ」 相変わらずの姿勢のまま。動いてるのはコマを追う目と、ページをめくる指だけ。忙しいってマンガ読んでるだけじゃん!? 「もぉ〜、女の子なんだからさぁ、そ〜いうのはど〜かと思うんだけどぉ?」 呆れ気味に言う台詞も、もう何度目になることやら…。そしてまたマンガの世界に入りこんじゃった祗女ちゃんからは返事すらない。 う〜ん…。まぁ、このまま待ってても埒が開くワケないので、私は私のことをしよぉ! 散らかり放題…って言うより足の踏み場もない祗女ちゃんのお部屋。どうにか確保した私の居所と荷物置き場。飛び石感覚で化粧ポーチを取りに行き、ゴミ?だらけのガラステーブルを片付けつつ中身を広げる。 これだけで一苦労ですわぁ…。 さて、気を取り直して、お手入れ〜お手入れ〜。 「…おいっ、ここで終わるのかよ!ざっけんな!!仏!続きは!?」 唯一キレイなベットからいきなり起き上がったと思ったら、読んでいたマンガを放り出して怒鳴りだす。 「ざ〜んね〜ん、ま〜だ発売されてませ〜ん」 お肌に乳液をパタパタ塗りながら。 「つか、おまえなにやってんだよ!!」 今度は私を指差して。声、大き過ぎ…、耳痛い。 「…なにって、スキンケア?だけどぉ?」 「はぁ!?乳臭ぇガキが化粧だあ?百年早ぇっての!」 瞬速での切り返し。それにしてもクチが悪い…。 「チチクサイって…、もぉ私17歳だよ?クラスの娘たちも普通にメイクもケアもしてますぅ〜」 私が通うのは近隣で名門と呼ばれちゃうような女子校。メイモンだろうがハキダメだろうが、集まってるのはお年頃な女の子。いくら校則で禁止されてたって、綺麗になりたい乙女心はとまりませ〜ん。 「ちっ、ガキの分際で色気づきやがって…」 「ブンザイって…、クチ悪すぎだよぉ!祗女ちゃんだってメイクくらいしてたでしょ!」 私や特定の人と居る時の彼女は、態度だらだら、男言葉。と言うか、まんまオトコ。 でもこれが一歩外に出ると美人で知的でクールなお姉様。この変わり身が祗女ちゃんの真のチカラだと思えて仕方ないんだけどなぁ。 「あほ、んなめんどくせーもん誰がすっか」 吸い尽くしたタバコを灰皿に押し付けながらの呆れ返事。 「…えっ!?全然してなかったの!?もしかして、いまもメイクしてない?」 透けるような白い肌、優美な二重瞼、杜若の瞳、朱を注した様な唇、長い睫毛、知的な眉、さらさらと流れる髪。 どこにもムダがなくて、誰もが望んでるものを最初から備えてる。これじゃメイクする意味がない。補わなきゃいけないところがないんだもの。 「ったりめーだ。そんなヒマがあったら博打でもしてるわっ。おい、ヤニ、取ってくれ」 こんな美貌を持ち合わせる彼女が何よりも好きな物は『お金』。 貯金が趣味ならまだしも、宵越しのお金は持たない主義。ポリシーは『遊んで稼ぐ』。限りなく守銭奴。何処までも怠け者。しなくていいなら呼吸さえ億劫がる人。 …マズィ。こんなこと考えちゃいけない。祗女ちゃんのチカラに隠し事は出来ない。 「信じらんなぃ…。何もしないくせになんででそんな綺麗なの!?ずるい、ずるいぃ、ずるいぃ〜」 『ずるいぃ』を繰り返して無心になりながらタバコを手渡す。指がちょっとだけ触れ合う。 「ん、さんきゅ。…仕方ねーだろ、天が二物も三物も与えたんだからよ。つーか、俺よりおまえや姉貴の方がよっぽど美人じゃねーか」 ふぅ…。バレてないバレてない。危うく逆鱗に触れるとこでしたわぁ。 「そりゃ祗王ちゃんは最高に綺麗だけどぉ〜。私のは日頃の努力の賜物なんですぅ!あ〜ぁ、もっと綺麗に生まれたかったなぁ」 「くだらねー…ったく、おまえの愚痴なんていちいち聞いてられっか。おら呑むぞ!グラス持ってこい、グラス!」 ガラクタ?だらけのベットの下から、おもむろにウイスキーのボトルを探りだす祗女ちゃん。いまにもラッパ飲みしそう。 「はいはい…。もぉ…我が儘なんだからぁ…」 「おまえさ、化粧なんかして、見せる相手でも出来たのかよ?」 ウィスキーをロックグラスを煽りながらの祗女ちゃん。 「相手なんていなくったって、オシャレは女の子の特権です〜」 私はお菓子をつまみながら。 やっぱりお泊りの醍醐味は、お菓子とお酒?とおしゃべり。 「つまり、いないってことな」 いやなツッコミするなぁ…。 「そーいう祗女ちゃんは?短大入ってからコンパばかりで帰りが遅いって祗王ちゃんが嘆いてたよぉ」 祗女ちゃんのお姉さん、祗王ちゃんは綺麗で誠実で品があって前世では京一の白拍子。二人とも私と同じ高校の卒業生。伝説の美人姉妹。 「収穫なしだな。どいつもこいつもヤることしか考えてねーサルばっかだ。いちいちチカラ使うまでもねーよ」 コンパってのはそーいうものなんじゃ…? 「それがわかってて、なんで参加するかなぁ…」 「甘いな。数こなせば一攫千金が狙えるかもしんねーだろ?医者の息子とか、弁護士のタマゴとか、どっかの御曹司とかよ。今世こそ俺は優雅に暮らすぜ。その為なら天下一の悪女にでもなったるわ」 ニヤニヤしながら語る祗女ちゃん。悪女と言うより親父くさいよ…。 「でもさ、そーいう人って普通の短大のコンパに来るの?」 「…うるせー」 このセリフは図星を突いたみたい。祗女ちゃんは勢い良くグラスにウィスキーを注いで一気に飲み干してる。 私達の過ごした前世。 世俗とは離れた隠遁生活だったのかもしれない。嵯峨野の奥地で女4人でゆっくりと。 浮世の喧騒もなく安穏とした毎日だったけど、私は十分楽しかったし、幸せだったけどなぁ。白拍子をしている時よりもずっとずっと…。 「つーか、俺のことはいーんだよ!おまえはどーなんだよ!?」 過去を反芻してる私を現実に戻すのは、いつもの祗女ちゃんの逆ギレ。 「もお、そんな簡単に出会えるワケないじゃない。それに今はCROW様に夢中だもん」 「くろう?苦労?誰だ、それ?」 イントネーション違うって! 「ほら、さっきから流れてるCDのボーカルの人!」 CDケースから歌詞カード抜いて、麗しのCROW様のフォトページを開いて祗女ちゃんに手渡す。もちろん私が1番のお気にのベストショット。 「あ?この細っこいヤツか?うわっ、化粧してやがる!キモっ!」 「あー酷い!せめてビジュアル系と言ってよねぇ」 「ふんっ、女みてーなツラしやがってさらにキモさ倍増。…しかし見覚えあるな、この顔。んー…誰だっけかな…?」 「とーぜん見覚えあるはずです〜。テレビにだっていっぱい出てるもん。ほら、この曲だってCMで使われてるでしょ?ね、歌も上手いでしょ?作詞も自分でしてるんだよ。この詞が切なくて乙女心をくすぐるのぉ」 コンポからは寂しげなバラード。 ハイトーンのメロディは切実な想いを語ってる。 きっと彼は悲しい恋をしてるんだろうな。 お互い愛し合っているのに逢えない。 いつもこの曲を聴くと、清盛くんを探し続けている祗王ちゃんを思い浮かべてしまう。 「…わかった!この顔!ヘビだ、蛇!この細っこいとことか、まんまヘビじゃん!いや〜思い出せてスッキリしたわ!な?仏もそう思うだろ?つーかおまえ男の趣味悪すぎ。やっぱよ、男ってのはもっとガッチリしてねーとよ。で、ガッツリ稼いで俺様に貢ぐようなヤツな。ま、こんなヘビ面じゃ問題外だな。しかし見れば見るほどキモイよな。ニョロニョロ〜ってクダ巻いて、ストーカー女みてぇに執念深そうだもんな。よし、命名、妖怪ヘビ女!ヘビ男じゃないのがポイントな!ぎゃはははは!」 ……………(ぷちっ)。 以下、理性が遠い旅に出てしまいました。 「ちょっとぉっ!私の王子様をヘビ扱いするなんて!祗女ちゃん、嫌いっ!」 「けっ、王子だ?バカじゃねぇの?あんなー、あんま現実離れした夢ばっか見てると、おまえも姉貴みたくなっちまうぞ」 「私も祗王ちゃんもちゃんと現実を見てますぅ!祗女ちゃんのほうが玉の輿なんて全然実現性ないじゃん!」 「ふっ…、これだから素人は困るんだよ。俺のほうが今も昔もリアリストだね!」 「へぇぇぇぇぇ〜…良く言うよ!前世でだって祗王ちゃんに隠れてお金持ちの彼氏探してたみたいだけど、みんな長続きしてなかったじゃん!私知ってるんだからね!」 「あ、テメー、それをいま言いやがるかっ!つまり前世の反省を活かして今世でだな…」 「ほ〜ら、私達のほうが夢も希望もあるリアリストですぅ!」 「はっ、くっっっだらねぇっ!何が夢だっ!姉貴にしたって寝言で清盛の名前呼ぶのが精一杯じゃねーかっ!」 「私は清盛くんに興味ないもん!祗王ちゃんは愛に生きてるんだからいいの!一途な女の子なの!」 「あーヤダヤダ。女の執念ってのは怖いねー。夢と妄想の区別がつかねーんだからよっ!」 「べ〜だっ!妄想だとしても亡者より遥かに良いもん!と〜ぜん祗女ちゃんのことだよ!お金の亡者!守銭奴!自堕落!成金趣味!ってお金持ってないしね!貧乏亡者だね!!」 「………てぇぇぇぇぇぇめぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ、調子づきやがってぇぇぇぇぇぇぇっ…」 祗女ちゃんの暴走リミッター崩壊寸前!や、やばい…。 「祗女さん」 背後からの静かな声。 「………げっ、姉貴…じゃなくてお姉様っ!」 開きっぱなしのドアの前に優雅に腕を組んだ祗王ちゃんが在る。 一瞬固まったあと大慌てでウィスキーと灰皿を隠す祗女ちゃん。 「あ〜、祗王ちゃんだぁ〜」 「いらっしゃい、仏ちゃん」 溜息が出るくらい綺麗な顔がいつものように優しく微笑んでくれる。 「お、お…お姉…様っ、ど…どうなされ…ましたっ!?」 柔和な祗王ちゃんとは対象的に、青ざめた顔に冷汗までかいてる祗女ちゃん。 「今宵は仏ちゃんがご宿泊なさると聞いていたから、ご挨拶とご様子を伺いに来ただけよ」 「こんなバカ娘に挨拶なんて……いやいやいやいや、ご苦労様ですっ」 むっ、バカ娘って、私のこと!? 「祗王ちゃんも一緒にお話しよ〜よぉ。祗女ちゃんがオトコの趣味が悪いっていじめる…(もがもが)…」 ヘルプを言う間もなく、私のクチを両手で塞いで、 「お姉様のご心配には及びません!仏ともども戯言に興じておるだけです!」 と、祗女ちゃん。 そんな様子を見てクスクス笑ってる祗王ちゃん。む〜助けて〜。 「お誘いありがとう。でもまだ仕事が残ってるから…また今度ね」 心底安堵した祗女ちゃんの溜息が聞こえてくる。 前世で白拍子だった時もそうだったけど、祗王ちゃんは情報収集・操作のプロ。今世はまだ大学生だけど、いろんな会社から秘密の依頼がたくさんあるんだって。 「ふみゅぅ、残念…」 前世でも今世でも私の一番の憧れの女性。 ずっと傍にいても、掴みどころのない雲のような…ううん、手の届かない雲の上の存在。まるで後光が射しているかのように祗王ちゃんの周りはいつも輝いて見える。『完璧』って言葉はこの人のためにあるのだと思った。 でも1つだけ、そう、恋だけはまだ成就されてない。時折、垣間見る悲しげな表情。前世で唯一人愛した人を今世でもずっと探し求めてる。きっと逢えるよね。彼女の心から安堵した微笑みが見たい。ん、いつか叶うよね。 ほんとはいっぱいお話ししたいことがあるの。けど、お仕事の邪魔はダメ。私、ガマン、我慢。 「祗女さん、お部屋、もう少し正しなさいね。それと言葉遣いも、ね」 「…は…はいっ、お姉様っ!」 一気に背筋の伸びる祗女ちゃん。 「それではごきげんよう」 菫色の綺麗な瞳が、残像を引きながら扉の向こうに吸い込まれていった。 「………寿命が…3年縮まった…」 油汗を拭ったあと、うつむいて脱力しきった祗女ちゃん。 「くすくすくす…相変わらず祗王ちゃんには弱いんだねぇ」 「…いつまでも笑ってんじゃねーよ!おまえは姉貴の真の恐ろしさを知らないからだっ」 恐ろしさって…。あんな可憐な人が怖いことなんてするわけないもん。 「それは祗女ちゃんの日頃の行いだよ〜。私にはいつも優しくしてくれもん」 「ばっか、そんなんウワベだけなんだよっ!……姉貴がキレるとなぁ………いかんっ、これ以上聞かれたら絶対にヤられるっ。危険すぎるっ!おいっ、もう寝るぞ!」 ますます青くなった顔がドアや壁を見回してる。こんな祗女ちゃんは滅多に見れない。楽し〜。 「くすくす…はいはい。おやすみなさ〜い」 今日も楽しいお泊りになりました。 |